はやおき


by kado-kayo
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30

カテゴリ:雑記( 54 )

設計課題は昨年度で全て終わった。
ポートフォリオを作らねば、ということで引っ張り出して眺めてみる。

密度、形態。
とてもじゃないがそのままでは提出できない。
コンセプトに対してはそれほど抵抗を感じないが、
最終的に出来上がったものに対する嫌悪感ともいえる感情。

ふがいなさ、そして他者への嫉妬。焦り。醜い。

アウトプット力の足りなさを改めて痛感する。
インプットにより、確実に引き出しは増えてきてはいる。
しかし結局、それをアウトプットする力が身についていない。
足りない。アウトプットが足りない。数が足りない。
つまりは根性が足りない。まだまだ。

そして、アウトプット力を向上させる必要性が増すなか、
自分の中にアウトプットへの恐怖があると最近感じられる。
妙に自信が無い。
アイデア→かたち、このステップがやけに難しい。
考えるより手を動かすこと。考えすぎ。
これに尽きる。
考えて考えて考え抜いて、でも物が残っていなかったら、考えてないのと同じこと。
と自分に言い聞かせてみたり。
あーでも怖い。なんだこの臆病な男は。
なんでこんなに自信がないんだか。

いくらバップフレーズを覚えたところで指が動かねば意味が無い。
結局は練習量が物をいう、と。ジャズバンと一緒。
数こなす練習効くんですよ。まじで。はじめは半信半疑だったけど。
こんな単純なことを20歳超えて痛感するとか。…ね。遅いよ。君。

次。収穫。微小。
何に重きを置いて作ろうとしていたかがぼんやり見えてくる。
やはり事例を集めてそこから自己を分析、の方法が個人的には合ってる。
以前書いたように、瞬時に好みをはっきりさせることできない型なので。
事例の集合から、課題へのアプローチ方法の変遷が見えて面白い。
基本的には1つを発展させていく方法より、別の考え方との揺り戻しになってる。

「根性論・精神論なんてナンセンスざます」
と考えている時期が僕にもありました。と。
あー。物事、根性っすよ。ほんと。
できるだけスマートに、がコンセプトだった生き方が恥ずかしい。
泥臭さが必要。

汗臭さは勘弁。
あ、足臭いのもね。
[PR]
by kado-kayo | 2008-06-11 02:33 | 雑記

死んだブログ

昔見てたブログをなにげなく巡回したら、無くなってたり更新止まってたり。
単なる文字列なのに人の気配が消えたような感じがしてさみしい。
休止宣言があるところはまだしも、楽しげな記事とか何気ない日常の記事とかで止まってるのは、
急に街から人がみんないなくなってしまったような感じというか…
むしろ不気味ささえ感じる。

ブログの主がその後どうなったのか。。。
休止したブログの背後にそこで熱く語られていたことへの挫折とか、
その後いろいろうまくいってないとか、そういうものを感じて怖くなる。

まあ実際のところ、学生終わって単に忙しくなって気づけば放置、てのが大多数だとは思う。

そうだとしても、何か恐怖を感じさせるところが、死んだブログにはある。
[PR]
by kado-kayo | 2008-06-10 02:11 | 雑記

55.38%

宮崎県議選の投票率。

有権者の半分しか選挙に行ってないって…
あきれるねぇ。

「興味ないんでー」
とか言ってる人がテレビに出てて、むしろ引いたよ…。
まあそういう人を選んで放送してるんだろうけど。

でも今回投票に行ってみて、
行きたくなくなる人の気持ちもまあ分かった。

地元の選挙区。
候補者数3、受かる人2。
内訳:自民・自民・無所属

いや、選択肢ないし… と思った。
どうやっても自民が当選するようになってんの。
農村部はもっと顕著。

結果、ほぼ与党だらけの議会が形成される、と。また。
前知事の不祥事に全く無力だった県議を、落とすことさえできない。
今まで適当に票入れてたツケが回ってきてんですね。宮崎は。

小分けにされた選挙区にすごく裏を感じてしかたがない。


あと、選挙のしかた。
顔写真ポスター、うるさいだけの選挙カー、マニフェスト配布制限、握手まわり・・・
あれでどう投票しろと。。。
選挙公報も内容薄。

制度自体がもはや時代遅れですよね(゚-゚)
いいかげん変えたら…。頼むから…。
ちょっとずつ政策で選ぶ流れにはなってきてるようなので、やや期待ですが。

選挙って結局まわりまわって自分のためだと思うから行くんだけどねぇ。
国が良くなれば…とかじゃなくて、自分が嫌な暮らししたくないから。
言ってみれば自己中みたいなもんですよ。僕の場合は。

現状に不満があるのに、その原因が自分にあると気づいてない人が多すぎる。
「政治家が悪い」とか言ってるのに選挙に行かんやつが一番悪だわ。
別に現行の政治に文句言わないなら行かんでもちょっとは分かるが。

自己中だから行かないんじゃなくて、
自己中だから行く、ってのもありだと思うんだけどなぁ。

ぐちっぽくなりましたが、なんか無性に腹がたってきたので。
ムキーヽ(*`Д´)ノ
[PR]
by kado-kayo | 2007-04-09 22:26 | 雑記

かね

金。
かね。

いや、別に金に目がくらんだ者ではございませんYO。
念のため。

ただ、最近金について考えることが多いので、ちょっと書いてみる。


金は生きていくうえでかなり必要なもの。
これは皆身をもって感じていること。

「世の中金が全てじゃない」
と言い張る人もいるだろう。それはあたりまえ。金は全てではない。
が、服を買うとき、お菓子を買うとき、外食するとき、あなたは何を基準にするか?
自分の嗜好だけでは選んでいないはず。
無意識でも、嗜好と価格のバランスをとってモノを選んでいる。
つまり、その時点で金に支配されているとも言える。

「これは高いから、ちょっと劣るけど安いこっちにしよう」
と考えた時点で、「世の中金が全てじゃない」と言うことはできない。


このように、金は人の価値判断材料の1つでもある、大きな存在だ。
だが、実際、金は多少「汚い」モノとして扱われる風潮がある(少なくとも日本では)。

例えばテレビを見ていてもそうだが、
タレントも金の話になると「いやらしい話ですけど~」なんて感じでしゃべる。

生きていくうえで空気のように(は言い過ぎかもしれないが)必要なものなのに、
金のことを表に出すのはタブー、みたいな感じがある。

いわゆる日本の「恥の文化」の影響も絡んでくるのだろうけど、
このような状況だから、金について無知な人が多すぎるのではないだろうか。
もちろん僕も含めて。
一体どれだけの人が金の役割、殖やし方、税金のしくみ、などなどをきちんと理解しているのだろう。


スポーツをするとき。
ルールを知らなければ楽しめない。
ルールを知らないままサッカーをして、手を使ってしまう、相手の背中を蹴飛ばしてしまう。
それでもルールは適用されるから、レッドカードで退場。
ボールを手にしても、ゴールの存在も知らないから、点数も入れられない。
もう散々。

これは当たり前。
じゃあ、お金の場合は?
ということ。

税金、ローン、保険、貯蓄、投資、、、
生活するにあたっては様々なお金のルールがある。
それを知らずに生活することは怖いことだし、楽しめない。

たとえば余ったお金はどうするか。
多くの人は「銀行に貯金しなさい」としか教えられない。
これは、数あるルールのうちの一部分しか教えられていないということ。

日銀が利上げを行ったが、それでも日本はまだゼロ金利に近い。
今は、銀行にお金を預けても増えて戻ってくる時代ではない。
なのに「銀行に貯金しなさい」という教えは果たして最適解なのか。

多額のお金を手にしても、お金の使い方のルールが分かっていなければ、
変な投資話に乗ってしまったり、浪費してしまったり…。不幸になってしまうかもしれない。

ルールを知らずにその世界に飛び込んでいくというのは、
無鉄砲以外の何物でもないのでは…?
と最近強く思う。


ということで、最近はお金について勉強し始めている。
FX(外国為替証拠金取引)なんかの勉強をしていると、
経済の知識も入ってくるのでとてもおもしろい。

ケチな僕はお金の楽しい使い方も身につけないといけない。
知識は身についても、考え方を変えるのはなかなか難しいと思う。
が、やってみたいと思っている。

お金に支配されるのではなく、お金と対等に付き合えるようになりたい。
好きなときに、好きなところに、好きなだけ旅行をする。
お金を気にせずに。
とか。

そのためには多くのお金を持つ必要がある。
その手段としてFXとかの投資の利用も考えている。


ただ、投資の勉強をしていくうちに、腑に落ちない点もでてきた。

年中働き、多くの人の命をつなぐ農作物を作って、それでも必要最低限ぐらいのお金しか受け取れないお百姓さんがいる。
猛暑の中、体をフルに使って、材木を運び、一軒の家を生み出す大工さんがいる。
自分の経験を総動員しておいしい料理を提供するコックさんがいる。
そしてその料理を運ぶというサービスを提供するウエイターがいる。

その一方、
株や為替のデイトレードなんかで、指先一つで巨額の金を稼ぎ出す人がいる。
彼らはモノは何も生み出さない。
しかし前者よりはるかにお金を得ている。

後者が悪いとは言わない。
彼らの思惑によって為替相場が動き、それにともない輸出入の増減があるかもしれない。
それによって得をする人々もいるかもしれない。
そう考えることもできるから。

だけど、やっぱり違和感。
このへんはまだ整理がつかん。


今のところ、僕は後者には否定的。
だからといって、無欲で奉公するというのも違う。

社会に対して、なんらかのプラスを生み出し、かつ、自分のお金を増やす。
この考えは根本に持っておきたいと思っている。
やはりお金は、自分の生み出すサービスの対価として受け取りたい。


自分でも消化不良で、
うまくまとまらん。
お金と教育についてもまた後日書きたいと思う。
[PR]
by kado-kayo | 2007-02-22 03:35 | 雑記

熱い人

僕は熱くない。

残念なことだけど、僕は熱い人ではない。
非常に残念だ。

その反動からか、僕は熱い人が好きだ。
エネルギーの塊のような人が好きだ。
心底あこがれるし、すぐに影響される。
熱い人はかっこいい。

僕はたぶん熱い人にはなれない。
なれない、という発想が出てくる時点でなれない。
けれども、いつまでたっても、熱い人への憧れは消えないと思う。

熱い人に会ったり、熱い人の本を読んだり、
そういうことから僕は力をもらっている。

なれないけど、なりたいとは思っている。

こうやって、いつも宣言ばかりの自分に飽き飽きするけれども、
やっぱり、かっこいいと思うものになりたいもんだ。

他の人から見たら無気力の塊かもしれないが、
自分の中では昔よりは近づけてると思いたい。ね。
[PR]
by kado-kayo | 2007-02-03 20:15 | 雑記

買い物

一時期やたら物欲が発動。

ひとり、街やらアミュやらに出かけて物色物色。
ただ単に、寒くなったからそれをしのぐ服が必要だと思ったのもあるけど。
無駄に計量カップやら計量スプーンやら、そういう計量系も購入。
ママ、僕、料理つくるよ。といった感じ。
一人暮らし4年目にしてやっと調味料がそろうかも。みりんとか。

空しい。

あ、あとカレンダーも買った。とびきりカラフルなやつ。
もううちは1月です。お年玉をください。

ボスケテ。

ミリタリージャケットを着てたら旧日本軍的だと言われた僕は、この先どうしたらいいのですか?
磯にでも上陸するか。
ダウンジャケットは暖かい。ボンレスハム最高。もこもこ。ろこもこ。


なんとまあ、上の文章の病んでいることよ!驚きあきれるね。
[PR]
by kado-kayo | 2006-12-04 11:13 | 雑記

逆?

安定志向のくせに
気づけばいつもいつも選ぶのは不安定なほうだ

良いか悪いかはわからないけど
[PR]
by kado-kayo | 2006-11-26 13:09 | 雑記

欲しいもの

前の記事に書いたように、ピアノにはまってるわけで、
練習がしたいのですよ。 しかし!
リズム部屋に行かなければピアノは無い。
行ったら行ったで、人がいて練習できない。。。
深夜に行くしかないのです。

ということで、ものすごく家にピアノが欲しい。
電子ピアノ。
安いのを探さねば。

あと、ベースの練習もしなければ。こっちがメインですね。ハイ。
[PR]
by kado-kayo | 2006-09-14 22:56 | 雑記

大人

中田選手現役引退。

小学校、中学校、そして今まで、僕たちの世代があこがれた選手。
もちろん、サッカー好き少年だった僕もその一人だ。
ありがちな言葉だけど、一つの時代が終わったなぁという感じをものすごく受ける。

自分たちの憧れた選手たちの時代が終わり、
自分たちと同世代、もしくはその下の世代が中心になっていく。

そして、いつの間にか憧れるだけではいけない段階に入ってきた。
サッカーだけではない。何事も今度は僕たちの世代が中心になっていく番。
正直なところ、まだ怖い。

こんなにも未完成な状態。
不安だらけ。
小さいころは、21歳がこんなちっぽけなもんだとは思ってもいなかった。
考え方とかは一本化されて、揺らぐことのない「大人」になってると思ってた。

実際、そうなってはいなくて。
むしろ多くの選択肢の前に立たされて。
それでも答えを簡単に選べるほど考え方は定まっていなくて。

あのころ思い描いていた「大人」になってないことに不安を感じる。
けれど不思議なことにその一方、この上ない安堵感も感じる。
それは、年を重ねても人の中身は変わらないもんだ、ってことを実際に感じたから。

なんでも迷い無くスパッと決められる「大人」は楽でいい。
でも、これからもそういう「大人」になることは無いと思う。
結局何十歳になっても、自分の目で見る外の世界は変わんないんじゃないかな。
小さいころに考えていた「大人」は、たぶん幻想。
実際はただの「大きい人」。
そう考えると、苦しいけど、ある意味楽かもしれない。

うーむ。なんかとてもむず痒い。


まあともかく、、、
中田選手の引退はこんなことも改めて考えさせてくれた。

ありがとう。
[PR]
by kado-kayo | 2006-07-04 02:32 | 雑記

違和感

なんだろうな。

むかしから、根強く、そして今も僕の思考の底にあること。

「時間がたっているので、物事はプラスに転じているはず」


例としては
・今年は身長が去年より伸びてるはず
・昔サッカーしてたけど、今はもっとうまくなってるはず
・昔より足速くなってるはず
・1年前より力持ちになってるはず
・ベース去年よりうまくなってるはず

みたいな感じ。


実際、絶対に(とは言い切れないが)そんなはずはない。
練習しなければ楽器はうまくならないし、
普段走っていなければ、速く走れるはずもない。

でも、
いまだに無意識にこの考えが浮かんでくる。

小学校とかの時を思い出す。
年をとるごとに、身長が伸び
年をとるごとに、速く走れるようになり
年をとるごとに、靴のサイズが大きくなる

ここでは身体的なことだけだけど、
プラスばかり。
ピークに向かって伸びていく時期。

おそらくこの時期の感触を未だに引きずってるんだと思う。

現実はどうか。
生物的なピークはとうに過ぎ、
放っておけば体はどんどん衰えていく段階。
もう靴のサイズが上がることもない。

最近、冒頭の考えに少しずつ違和感が生じてきた。

この間3、4年ぶりにしたサッカーの試合での驚き。
こんなにも動けなくなってたのかと、本気でへこんだ。

そして昨日。
ベース練習してて、ふと、「おれうまくなってないんじゃないか」と思った瞬間。
去年より、一昨年より、うまくなっているはずと思い込んでいたが、急に不安になった。
たいして練習はしていない。
実際、去年の自分が今の演奏を聞いたらどう思うだろうか。


昔は、がんばらなくても向上していた。
今は、がんばっても現状維持。もっとがんばってやっと向上。
この現実をうけとめなければならない。

子供の運動会で、お父さんがゲストで走って、足がもつれてこける。
これは「まだまだいける」という心と、動かなくなっている体のギャップから起きる現象だと聞いていた。
実感はなかった。
最近は、これに実感が伴ってきた。


これから先。
この違和感はもっともっと大きくなっていくのだろう。
でも、それを自然に捉えられるようになる気もする。
今はまだ微妙な年齢。
ふっきれる段階もいずれくるはず。


なんか結局身体的なことだけになっちゃったけど、まぁ
「がんばらないと、だめだよね」
という話。
[PR]
by kado-kayo | 2006-05-12 19:08 | 雑記